とある女性航海士の日常

新米の女性航海士です。高専や船のことなど書きます。コメントは悪意のないものは100%返信しますが乗船のため非常に遅いです笑(半年後くらいかも)

【青雲丸航海記①】~コロナ禍ではどうやって実習していたの?~

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私は、7月から9月まで、練習船実習で青雲丸に乗船してきました。高専6年生の、最後の実習です。

私にとっては初めての汽船でした。やはり汽船は大きいですよね!


これまで学校の座学で学んだことや、今までの実習の集大成です。この実習が終わればすぐに、私たちは卒業し、航海士、機関士としてそれぞれの会社で働き始めます。

ひとたび社会人になれば戻れることはなく、責任を持って働く立場になるので、この実習で船乗りとしての基礎を完成させなければなりません。今回はそんな実習でした。


とはいえ、皆さんも容易に想像いただける通り、例年通りの実習という風にはいきません。まず、期間からし例年よりも短くなっています。

 

そういったことも含めて、この記事で紹介していきたいと思います。

 

 

コロナ禍の実習


実習内容について書く前にまず、今回の実習の特徴について書かなければなりません。

今回の実習記録を書くにあたって、最初は遠洋航海について書こうと思っていたのですが、この、コロナについての記録が長くなりすぎたために、やむを得ずこれだけで一本の記事にすることにしました。

当然ですが、この実習ではあらゆることが例年通りとはいきませんでした。厳しい感染予防を行って実習に臨むこととなりました。

 

おそらく皆さんも気になっているであろう、今回の実習方法について、一部ではありますが、実際に経験した立場から書いて行きたいと思います。


当然ながら、普段より制限された内容が多かったです。しかし、見方を変えれば、ネガティブな状況ながらも、なかなか出会えない経験ができたのではないでしょうか。

 

全国的に見れば船の世界は珍しいとはいえ、練習船を経験した実習生は普通にいますし、特にこのブログ関連の方や私の周りでは船乗りという職業の方も全然珍しくはありません。

しかし、今回、このコロナに対応した実習を受けた人は、たった、この私たちだけなのです(今後の状況により残念ながら増える可能性はありますが)。

 

そう考えると私たちは貴重な体験ができた世代だとも考えられるわけで、良い出来事ばかりでなかったとしても自分にしか話せない体験ですのでどんな感じだったのか、お伝えできればと思います。

 


期間の短縮


まず、最初にも書きましたが、通常半年、6ヶ月あるはずのこの実習ですが、4月1日の乗船日を大幅に遅らせ、7月1日からの乗船となりました。

それに伴って、下船も例年より二週間くらい延び、例年なら卒業式や引っ越しなどに三週間程余裕があるのですが、下船した3日後に入社のような感じに(笑)

いや、笑い事ではないんですけどね。


しかし、私たち商船学科生が三級海技士という免状の筆記免除を受けるには、合計で一年という練習船での乗船履歴が必要です。今回、実習期間を短縮したことでそれが満たなくなってしまったのですね。

これにどう対処したのかというと、まあ、ざっくり言えば、海技士試験を司っているところが「コロナだし特例ってことでいいよ!」と言ってくれたらしいです。

自粛期間中に課題が出され、それをやっていけばできなかった三ヶ月は免除ってことになりました!

 

まあ、特例も特例、これまでにないような対応ですよ。

私たち船乗りは専門職ですから、三級海技士というのは大変重みのある資格です。ちょっと曲げて免許を融通しちゃうなんてことは本来できないものなのです。

ですので、海技教育機構の教官からは何かトラブルを起こして一時下船ということになったら履歴に余裕がないから海技士試験や就職に差し障ると口を酸っぱくして言われました。


けっこう、実習生にとって練習船での三ヶ月というのは長いです。半分です。

正直、感覚としては全然違い、かなり短くなり、私にとっては楽になりましたね。まあ、開始時期が全然決まらず連絡を待つだけの自粛期間は大変ではありましたけど…。

 


乗船


コロナがニュースに出始めて、毎日感染者数とかが報告されるようになり、海技教育機構も当然同様の対応になり、乗船が延び延びになっていきました。

ただの教育機関であればまだしも、はプリンセスクルーズなどでコロナの状況がクローズアップされていたものですから、おいそれと始められなかったのですね。

 

練習船クラスターとか出たとなれば確実にニュースになるでしょうし、学生ということで世間の見方も違うでしょう。私のクラスメイトは「テレビ出られるじゃん!」と言っていましたが(笑)


そんな中、感染拡大の合間を縫った7月1日から実習が決まったのです。

後で思い返すと、本当にちょうど感染拡大の谷みたいな時期でしたね。乗船してからまた一気に感染者が増えたというようなニュースが出てきました。


私が乗ったのは青雲丸で、神戸からだったのですが、乗船日の7月1日には各学校から船まで貸し切りのバスが出たのです。やはり、コロナの感染を防ぐためですね。

 

商船学科やいろんな学校の人たちは、みんなが近くから来るわけではありません。むしろ、そうでない人がほとんどです。だから、バスがチャーターされて、各学校から船までクラスのみんなで乗ってきたのです。

富山、大島、鳥羽など各方面から…。ちなみにお金はJMETS持ちだったので私たちには全くかかりませんでした!何と嬉しい仕組み!


まあ、帰りは普通に公共交通機関で自腹だったんですけどね…。船内にだけ持ち込まれなければ送り出す分には帰る学生の安全はどうなってもいいってことか!?

まあ、そりゃ、実習を無事に終えられればあとはもう面倒なんて見てられないですよね。

 

とはいえ、地方から船に移動すれば一万円くらいかかりますので、往路だけでもそれが浮いたのはありがたいことですよね。

 


体調管理


乗船するにあたって、体調管理表というものを船に提出しなければなりませんでした。

全国各地から学生が集まるのですから当然でしょうね。

 

二週間に渡って行動記録と、体温計測を行って、提出しました。

それがなければ船には乗れません。実際に、その提出物が不足していて乗船できなかった人もいましたね。

 

そして、タラップのところでも非接触型の体温検査をされて、37.5度以上あると乗船できませんでした。

乗船してからも毎日2回の体温計測があったのですが、そちらはただの自己申告制だったので、みんな何度であっても適当に温度を言ってました。なので途中からはみんな自分の好きな温度を書いても大丈夫な感じでした。

 

あと、集合時にはマスクも徹底していました。とはいえ、一緒に暮らすことになるわけなので、形だけというか、一人がかかっていればあとのみんなの感染を防ぐことは難しいというのは周知の事実でしょう。

ご想像に難くないように、船内生活が長くなってくると密を防ぐことはほとんど不可能です。

 


船内環境


ここで、船のことなどよく知らない方に、練習船という環境について説明したいと思います。船内というのは一度集まってしまうと感染を防ぐことがかなり難しい環境になります。

それには船特有の理由があるんです。

 

私たちの乗っている練習船というのは4〜8人部屋で、スペースも普通なら一人部屋くらいの場所に2段ベッドをいくつも置いているんです。もう、部屋にいる時点で三密になってしまうんです。

しかも、学校が混合なので部屋のメンバーはみんな全国各地から集まってくるわけです。高専であれば、九州の人も多い一方で、東北から来る人もいます。

そういう中でみんな近い距離で一緒に過ごすのです。もちろんトイレやお風呂、洗面所も共用ですので、部屋の人が感染していたら対策などはほぼ不可能です。


それから、以前乗った練習船では、船内の空気を循環させていたのです。もしかしたら今はコロナでそのようにはしていないかもしれませんが、仮に空気を循環させていれば船内各地の空気が自分の部屋まで来ることになります。


あとは、上陸。私たちが上陸する港は、いわゆる港町と呼ばれる、割と栄えている町が多いです。

今回もさすがに東京こそなかったものの、神戸や横浜といったそうそうたる規模の港に入港しました。多くの実習生が住んでいる地方とは人口の密集度が全く違います。

 

そんなところにこれだけの人数が上陸して動き回って遊ぶということなのです。


こういう訳で、誰か感染していればあとの人も感染を防ぐことは難しく、実習を行うということにはかなりのリスクを伴うのです。

ただまあ、逆に言えば、誰も感染していなければ外界から完全に隔離された船はこの上なく安全ということにはなります。

 

要は船の特性でもある、みんな一心同体ということですね。

 


課業


そんな中で実習はどのようにやっていたのかといいますと、班を半分に分けて交代で集まっていました。

だから、朝や課業の整列もなく、マイクで呼び出されて、呼ばれた班は集まって点呼を受ける、みたいな。

 

授業も半分でした。例えば、午前だけ受けて午後はもう半分の班とか、そんな感じでした。

私は奇数班だったのですが、最初の一週間くらいは偶数班の人と本当に顔も合わせないくらいでした。だから昔の知り合いとかも、どこにいるのかもわからないし、本当に乗船してるのかな、みたいな(笑)

 

でもぶっちゃけ、整列もないし授業は半分だし士官が部屋に来ることもないし、学生にとってはではありましたけどね。

 

しかしそれも例のごとく、実習が長くなるにつれて全員で集まるようになっていきましたけど。どの程度まで対策を譲歩していいかなどがニュースでしっかり示されるようになり、海技教育機構の規定もそれに伴ってどんどん変えられていったのです。

 


食事


さて、食事についても、最初はかなり制限されていました。

課業と同様に奇数班、偶数班で分けて呼ばれ、座る席も決められていました。

 

食事中は私語ができず、みんな黙って食べていました。

あと、メニューを少なくするために味噌汁などスープ系は出されませんでした

一人一人、ビニール板での仕切りがしてあって、顔を合わせられないようになっていました。


途中からは当番制で、よそう人を決めて交代で回したりという取り組みもしていましたね。


まあ、こう言っちゃ何ですが、個人的には同じ班、同じ部屋でマスクとかもせず暮らしていて、食事のところだけ気をつけたってと思いますね。

飲食店とかは不特定の人が集まるからアクリル板も意味があるのであって、一緒に暮らしているような人たち相手にそれをしても結局帰るのは同じ部屋ですからね…(笑)

まあでも、大人の事情を察するに、広報的に船内環境を説明するために必要でしょうし、仮に意味をなさないとしたってあるにこしたことはありません。


そういう訳で、私たちもまあ、初めての取り組みだったのですが、おそらく士官の方々も慣れない中大変だったのは想像できます。


後半になってくると、例によって緩くなり、普通にみんなおしゃべりしながら食べていました。奇数偶数で分けたり席を指定されたりすることはなくなりましたが、仕切りだけは最後までついたままでした。

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食堂の様子。このように仕切りがついているのが見てわかると思います

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このように番号が書かれていて自分の番号の席に座ります

 



上陸


実習生たちの唯一の楽しみ、上陸にも大変制限がかけられました。まず、上陸時間ですが、通常は夜10時まで上陸できるところ、7時半と大幅に短くなり、なかなかスケジュール的に厳しかったです。だって、2年生の最初の実習のときと同じですからね。

 

しかし、こんな状況で、神戸や横浜といった大都市に上陸できるだけでもありがたかったというものです。海技教育機構ではないほかの練習船では完全に上陸できないなんてところもあったみたいですよ?

しかし、それは不便ですし、船内の空気も悪くなる気がしますね…。最悪、上陸が全くできなかったら、みんな消耗品でさえ買い出しできないし、あの閉鎖空間の中、ストレスをためる一方だったでしょうから。


それから、上陸中の行動ですね。制限がたくさんありました。

ざっと、移動は徒歩圏内、カラオケ、居酒屋、インターネットカフェなどには行かない、外食は原則禁止、そこらへんでしょうか。まあ、クラスターが発生した場所と言われているので無理もないでしょう。

普段の上陸とできることが大きく変わっていましたね。

まず、電車に乗らないと行きたいところにも行けないですし、カラオケで上陸時間を過ごしたかった人もいるでしょうし。テイクアウトのお店も増えたものの、上陸して外食できないのも不便ですしね。

でも、体調不良になったりしたら自分の履歴が大変ということもあり、多くの人は気をつけていたみたいです。まあ、普通に電車とか使っていたりカラオケ行ってたりしてた人もいましたけどね。

 

150人もの実習生が乗船していれば、全員を上陸中までまとめるのはなかなか難しいですよね。


この決まりを破った人は一旦自宅に帰って一定期間待機しなければならないと言われました。実際に居酒屋に行っていたことがバレて帰省させられた人もいました。乗組員も例外ではなく、同様の理由で下船した乗組員もいたそうです。


あとは、コロナの感染状況に合わせて、寄港地を変更したこともありました。本当は8月に名古屋に行く予定だったのですが、その頃、愛知の感染者数が大変多くなっていたので別府に変更に。私は名古屋に行きたかったのでちょっと残念でした…。

このように上陸先も変更しなければならず、今回の実習は大変でしたね。


100人以上の実習生が自由に行動する上陸は、船に外部から感染する可能性が一番高いイベントなので、船では特に気をつけなければいけないところです。

 


ぎりぎりの実習


実習中に教官から再三言われたことは、こういう状況で実習をやることのリスクについてです。

 

教官からは、船の中で、これだけの人数が集まって、リスクを完全になくすことができるわけもなく、リスクは承知の上でやっているんだと口を酸っぱくして言われました。

「リスクは実習だからもちろんあるんだよ。だけど背に腹はかえられないのでしょうがなく実習をしている。実習しないと三級の免許が取れず、就職にも関係するから君たちの学校から頼まれて、実習を行っている状況だ。こちらとしてもやらないのがベストなところを、そういう理由で君たちのために仕方なくやっているので、リスクがあることに関してこちらに文句を言われてもお門違いだ」

とのことです。


また、特にSNSの使用に関して、同様の注意を受けたことも多かったです。

 

例えば、「青雲丸実習生で〜す。マスクしないで集合してま〜す」などのようなことを写真つきで投稿し、それを見た寄港地から入港できないと言われて計画に変更を生じたりきてしまうと、海技教育機構から損害賠償を請求することになるというのを、全員に言われました。

イメージとしてはバイトテロのような感じですかね。

過去には、「練習船に爆弾をしかけた」とSNSで言ったことにより、実習生の避難や発航の遅れによる損害を実際に請求した事例もあったそうです。


しかし、爆弾なんてのは問題外としても、実際に全員集められたりとか同じ部屋でマスクしないで密になって生活したりお風呂に入ったりせざるを得なかったわけで、しっかり事実であることSNSに書いても訴えられるというのはどうなんでしょう。ちょっと疑問ですね。


とはいえ、そういう私たちを脅かすようなことを言ってくるから教官が悪いとか言いたいのではありません。

当然、士官たちにだってご家族がいます。こんなコロナが流行っている時期に、全国各地から集まった学生たちと一緒に暮らしたいかなんて考えるまでもありません。

しかし、仕事なので、上から実習を始めるという決定があれば従わないわけにはいけないのです。そんな事情くらい、私でも想像がつきます。

いつ、自分に熱が出るかもしれない、練習船がニュースになるかもしれない、気づかずに持ち帰って小さい子供や高齢の家族にうつすかもしれない。それでも全国の学生とは仕事で最低限接触する。恐怖ですよね。

 

学生たちをこんな密になる空間で実習させてコロナが発生したら自分にはもちろんご家族にも負担をかけることは必至でしょう。初めてのことで、みんなを分担して集めながら自分の体調も気をつけるだなんて、バタバタだったに違いありません。


教官たちだって、こういう状況にありながら、自分の体を張って現場で私たちの面倒を見てくれていたのです。


このように、実習をやるということは、私たちの免許のためではありましたが、かなり切羽詰まっていた中だったのです。

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明るい話が少ないので全然関係ないですがこの辺できれいな写真入れときます

 

 
その他


ここに書いた以外にも、コロナに関連した細かい制限は多くありました。

寄港地の変更は書きましたが、航程の変更、停泊日の変更

風呂や喫煙スペースの人数制限に、使用禁止箇所の設定。

毎日の体温の記入に、外部からの見学の禁止

船内でのコロナの基準レベルの設定と、放送。「レベル2になったので明日の集合はなしです」などの放送がしょっちゅう流れていました。

毎日のように注意喚起と、「世間でこう変わったからJMETSでもこれを禁止することにする」なんていう案内がありました。

 

だから結構、今がどの段階なのか混乱しているような状況でした。

遠洋航海に行って日本から離れて帰ってきてみたら、また世間の常識がガラッと変わってしまっていたりとか…。


しかし、コロナに関連した制限や対策は数多くあり、詳細は書ききれないので全部は書きません。

代表的な出来事は、だいたい上の項目に書いたような感じでした。この記事では、船内ではこういう過ごし方だったということを、ざっくりお伝えできればと思います。


初めてのことで、教官や私たちはもちろんなんですが、これを読んでくださっている外部の方も練習船実習がどうなるのか想像できなかったと思います。

コロナの中ではこういう風に、いつもとは変わった実習をしてきたのだということがお伝えできれば嬉しいです。

 

 

 

 

いかがでしたか?船内のことは、なかなか外からはわからないと思いますが、コロナ禍ではこういう過ごし方をしていました。

なんにせよ、初めてだらけですので教官も機構も私たちも慣れないことばかりで異例すぎる生活で、とりあえず無事に終わって良かったです。

おかげで私たちはコロナでどうなるかわからなかった海技士試験を受けることもでき、就職へと進むことができたのです。

 

本当に、こんな状況でも私たち、日本の生活を支える船乗りの卵たちはほとんど影響を受けないで実習をすることができたことは感謝ですよね。


まだまだ今後も、実習をしていく学生たちはいっぱいいるのでしょうが、これからもどうなっていくんでしょうかね?早く元通りの実習ができるといいですね。

 

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